【世界史】No.19 ウィーン体制
〈ウィーン体制〉
「ウィーン体制」
・ナポレオン戦争後 処理会議 ウィーン会議
・→中心人物 メッテルニヒ=オーストリア外相
・→指向 正統主義byタレーラン
・英以外の君主国と締結 神聖同盟
・英 露 プロイセン オーストリア と締結 四国同盟
・この一連の体制 ウィーン体制 現状維持的
「反発」
・ウィーン体制抵抗 背景主義 自由主義・国民主義
・ドイツ統一を求め蜂起 ブルシェンシャフト(学生組合)
・憲法改定を求め蜂起 カルボナリ
「7月革命」
・フランス 反動政治 シャルル10世→自由主義者が追放
・即位 ルイ=フィリップス
・王政確立 七月王政
「2月革命」
・7月王政反発 フィリップス退位→第二共和政
・社会主義者 入閣 ルイ=ブラン
・→設置 国立作業場
「ドイツ」
・学生 労働者の蜂起 メッテルニヒ亡命 三月革命
・統一と憲法制定を目指す フランクフルト国民議会
・一連の革命 1848革命
・自由/国民主義が高揚 結果 諸国民の春→ウィーン体制 崩壊
〈独立〉
「ハイチの革命」
・黒人奴隷 蜂起 代表者 トゥサン=ルヴェルチュールinハイチ
→フランスから独立→初の黒人共和国
「ラテンアメリカの独立」
・植民地生まれの白人 クリオーリョ
・→代表者 シモン=ボリバル
・独立支援 宣言 モンロー宣言by米
・太平洋地域の領有進展 探検家 クック